大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)1103号 判決 1988年3月31日
反訴原告
松倉幸次郎
反訴被告
吉村要
ほか一名
主文
一 反訴被告らは各自、反訴原告に対し、金一〇八万四四八三円及び内金九八万四四八三円に対する昭和六一年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を反訴原告の負担とし、その余を反訴被告らの負担とする。
四 この判決は反訴原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 反訴請求の趣旨
1 反訴被告らは各自、反訴原告に対し、金三八一万三三六三円及び内金三五一万三三六三円に対する昭和六一年三月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 反訴原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 反訴請求原因
1 交通事故の発生
次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和六一年三月二一日午前一〇時二〇分頃
(二) 場所 大阪市南区難波五丁目一番六〇号先路上
(三) 加害車 反訴被告吉村要(以下「反訴被告吉村」という。)運転の普通貨物自動車(大阪四六ぬ四〇二八号)
(四) 被害車 反訴原告運転の普通乗用自動車(泉五七む二一七三号)
(五) 態様 道路の右側を走行していた加害車が左側の被害車を追い越そうとして急に割り込んで来たため、被害車に追突・接触した。
2 責任原因
反訴被告らは、次のとおりの原因により、本件事故による反訴原告の損害を賠償すべき責任を負う。
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
反訴被告タカラベルモント株式会社(以下、「反訴被告会社」という。)は、加害車を自己のために運行の用に供していた。
(二) 使用者責任(民法七一五条一項)
反訴被告会社は、反訴被告吉村を雇用し、同人が反訴被告会社の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により、本件事故を発生させた。
(三) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
反訴被告吉村は、加害車を運転中、前方不注視の過失により、本件事故を発生させた。
3 損害
反訴原告は、本件事故により、次のとおり受傷し損害を被つた。
(一) 反訴原告の受傷等
(1) 受傷
外傷性頸部・頭部症候群、腰部挫傷
(2) 治療経過
昭和六一年三月二一日から同年一〇月八日まで辻外科病院に通院(実日数一五〇日)
(二) 治療関係費
(1) 治療費 五四万三七四〇円
<1> 未払治療費 五三万八七四〇円
<2> 初診料 五〇〇〇円
(2) 診断書代 三〇〇〇円
(3) 通院交通費 一七万七〇〇〇円
通院一日一一八〇円の割合による一五〇日分
(三) 休業損害 二六一万七五五〇円
反訴原告は、本件事故当時洋服の加工業を経営し、一か月平均少なくとも賃金センサスによる四五歳の男子労働者の平均賃金である四〇万二七〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和六一年三月二一日から同年一〇月八日まで休業を余儀なくされ、この間二六一万七五五〇円の収入を失つた。
(四) 慰藉料 一〇〇万円
(五) 物損 六七万七八〇〇円
(1) 被害車の修理費 五〇万五〇九〇円
(2) 代車料 一七万二七一〇円
(六) 弁護士費用 三〇万円
4 反訴請求
よつて反訴請求の趣旨記載のとおりの判決(但し、3の(二)ないし(五)の損害額合計五〇一万九〇九〇円の内、本件事故と因果関係があると考えられる七割に相当する三五一万三三六三円及び弁護士費用につき請求する。遅延損害金は本件事故発生の日である昭和六一年三月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合によるが、弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。
二 反訴請求原因に対する認否
1 反訴請求原因1の(一)ないし(四)は認めるが、(五)は否認する。
本件事故は、被害車の右前部と加害車の助手席ドア付近とが接触したものであつて、追突ではない。
2 同2の(一)ないし(三)は争う。
但し、反訴被告吉村が反訴被告会社の使用人であり、その業務執行中側方の安全を十分に確認しないまま進行した過失により本件事故を発生させたことは認める。
3 同3は不知ないしは否認する。
本件事故は極めて軽微なものであり、反訴原告が受傷することはありえず、反訴原告の症状は既存の腰椎及び頸椎の変形によるものである。
仮に本件事故により反訴原告が受傷したとしても、その症状は遅くとも昭和六一年五月頃には固定しており、また反訴原告は本件事故直後から十分就労することが可能であつた。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故の発生については、反訴原告にも側方不注視の過失があるから、反訴原告の損害賠償額の算定にあたつては過失相殺により五割減額されるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 交通事故の発生
反訴請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがなく、同(五)の事故の態様については後記二の3で認定するとおりである。
二 責任原因
1 運行供用者責任
反訴被告会社が反訴被告吉村を雇用し、同人がその業務の執行として加害車を運転していた事実は、当事者間に争いがないから、反訴被告会社が加害車を自己のために運行の用に供していた事実を推認することができる。
従つて、反訴被告会社は自賠法三条により、本件事故による反訴原告の受傷によつて生じた損害を賠償する責任がある。
2 使用者責任
反訴請求原因2の(二)の事実は、過失の点を除き当事者間に争いがなく、反訴被告吉村に過失があることについては後記3で認定するとおりであるから、反訴被告会社は民法七一五条一項により、本件事故による反訴原告の損害を賠償する責任がある。
3 一般不法行為責任
成立に争いのない甲第三号証の一ないし五、反訴原告の本人尋問の結果(第一、二回、後記の採用しない部分を除く。)によれば、本件事故は難波西口交差点の東南詰付近で発生したものであること、反訴被告吉村は加害車を運転して御堂筋の東から二番目の車線を進行し、時速約二〇キロメートルで右交差点を北東から東南に左折しようとして東南詰横断歩道手前付近まで来たところ、幅約一一メートルで三車線の進入路の両側には駐車車両が並んでいて、左前方約五・八メートルにいた被害車は前がつかえて停止直前の様子であり、同車との間隔が六、七〇センチメートルあつたことから、加害車の右側方やや前にいた訴外車が駐車車両を避けて少し左に寄りながら進行していたため、被害車の右横を追い抜くには少し左に寄りながら進行しなければならなかつたが大丈夫と判断し、左にハンドルを切りながら被害車の右横を通過しようとした際、加害車の左前助手席ドアを被害車の右前角に接触させたこと、反訴原告は被害車を運転して御堂筋の東端の車線を進行し、前記交差点を先行のタクシーに追従して左折しようとしたところ、進路上に駐車車両があつて右タクシーが停止したため、少し右に寄りながらその後ろに停止しようとした直前加害車と接触したことが認められ、反訴原告の本人尋問の結果(第一、二回)中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、反訴被告吉村には、被害車を追い抜く際同車の動静について十分に注視せずに進行した過失が認められるから、同反訴被告は民法七〇九条により、本件事故によつて生じた反訴原告の損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 反訴原告の受傷等
成立に争いがない乙第六号証によれば、反訴請求原因3の(一)の(1)及び(2)の事実が認められる。
ところで、反訴原告の受傷の有無、症状固定の時期等について争いがあるので、これにつき判断するに、成立に争いのない甲第六号証の一ないし三一、証人大庭健の証言及びこれにより真正な成立が認められる甲第一一号証、弁論の全趣旨により真正な成立が認められる甲第一〇号証、前掲乙第六号証、証人辻尚司の証言、並びに反訴原告本人尋問の結果(第一、二回後記の採用しない部分を除く。)によれば、次のとおりの事実が認められ、反訴原告本人尋問の結果(第一、二回)中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし採用し得ず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 反訴原告は、初診時に吐き気、不快感、腰痛等を訴えたが、頚部及び腰部のレントゲン写真上は骨折、脱臼はなく、腰等への湿布及び湿布薬の投与を受け、その後頚、肩等の痛みを訴えるようになり、ハリやマツサージ、牽引療法等による治療を続け、昭和六一年六月二〇日の段階でも腕の脱力感、肩凝り感、易疲労性、不眠等の症状を愁訴し、症状固定時においても頚を左の方へ回す時の少しの痛み、左手指の時々のしびれ、天候の変わり目の頭痛が残つていたこと
(二) 辻外科病院院長の辻尚司医師は、反訴原告の腰痛につき、反訴原告には本件事故以前から第五腰椎と仙椎との間の椎間狭少があつて、非常に軟骨が不足しており、坐骨神経痛はもともとあつたのではないかとみられるが、事故により症状が誘発されやすく、本件事故の影響も否定できないと判断していること、また反訴原告の頚椎については、五、六番の間に椎間狭少が、四ないし六番の間に相当の椎間孔狭少、不安定性がそれぞれあり、これらは加齢性のものであつて事故とは関係ないが、これとは別に、初診時には頚椎の前屈位の時に前弯がなく直線化していたのに、症状固定時にはある程度治つていることから、本件事故により頚椎の椎間板の軟骨に損傷が生じたと考えていること
(三) 大阪赤十字病院整形外科部長の大庭健医師は、反訴原告の初診時と症状固定時との比較では頚椎の前後屈の運動域が五%改善しているが、これが有意のものであるか断定できず、またこの運動域は放置していても自然にある程度は緩解し、ハリやマツサージなどの理学療法でも緩解するが、これらは必須のものではないと考えていること、頚椎の生理的前弯の消失は、直接の外傷、既存の頚椎骨軟骨症、職業的な頚部肢位等いろいろな要素が関係しており、反訴原告の頚椎には、四ないし六番に不安定性は見られないが、椎間板の狭少化、変形性変化、椎間孔の狭少等が認められ、これらは加齢性のものであるところ、特に五、六番の変化は四五歳という年齢にしては少し強く、反訴原告の仕事が机に向かつてうつむいてすることが多いものであれば、それがある程度関係していると考えられるが、反訴原告の症状はこのような頚椎の五、六番を中心とした頚椎骨軟骨症既存のところに頚部損傷が加重されて発現したものであると判断していること、頚椎の症状は、事故の力学的な関係だけでは説明できず、車体の変化よりも搭乗者が受ける衝撃の程度、その防御姿勢などが問題とされるべきであると考えていること
以上の事実によれば、本件事故は前記二の3で認定したとおり、比較的軽微なものであり、被害車及び加害車の受けた損傷の程度も大きくはないけれども、反訴原告の訴える症状及びその治療経過からみて、反訴原告の受傷を否定することはできないといわざるを得ない。また、辻外科病院での治療の途中において、その症状が固定したものと認めるに足る事情も認められない。
しかしながら、反訴原告の腰痛については、その主治医が本件事故以前からある程度存在したものとみていること、頚部の症状に関しても、既存の経年性の頚椎の変形の上に本件事故による外力が加わつて生じたものであると考えられ、その変形は反訴原告の職歴が影響しているためかその年齢に比して少し強いものであること、本件事故は衝撃の程度が比較的軽いものであると思われることなどの事情を考慮すると、本件事故後反訴原告に発現した症状の内その約五割が本件事故と相当因果関係のある症状であるというべきであり、従つて本件事故後の反訴原告の受傷による損害の内その約五割が反訴被告らが賠償すべき損害であると考えられる。
2 治療関係費
(一) 治療費 五四万三七四〇円
成立に争いのない乙第八、第九号証及び第一二号証によれば、反訴請求原因3の(二)の(1)の<1>及び<2>の事実が認められる。
(二) 診断書代 三〇〇〇円
成立に争いのない乙第一三、第一四号証によれば、反訴請求原因3の(二)の(2)の事実が認められる。
(三) 通院交通費 一七万七〇〇〇円
反訴原告本人尋問の結果(第一回)によれば、反訴原告は前記通院のため一日一一八〇円の割合による合計一七万七〇〇〇円の通院交通費を要したことが認められる。
3 休業損害 七八万円
反訴原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、反訴原告は本件事故当時四五歳で、四〇人の従業員を使用して洋服の寸法直しや仕立て直しをする有限会社を経営していたことが認められるから、同年齢の男子労働者の平均賃金に相当すると考えられる月四〇万円程度の収入を得ていたものと推認できるところ、本件事故による受傷のため、昭和六一年三月二一日から同年一〇月八日頃までの約六か月半労働能力の制限を余儀なくされたものと考えられるが、反訴原告の仕事は従業員への指図であり、本件事故直後から二、三日に一回出勤し、その後もかなりの仕事をしていることが認められることなどから、右期間中平均してその労働能力を約三割程度制限されたにとどまるとみるのが相当であり、従つてその間合計七八万円の収入を失つたことが認められる。
(計算式)
400,000×0.3×6.5=780,000
4 慰藉料 五〇万円
本件事故の態様、反訴原告の傷害の部位、程度、治療経過、その他諸般の事情を考えあわせると、反訴原告の慰藉料額は五〇万円とするのが相当である。
5 物損
(一) 修理費 八万二〇〇〇円
成立に争いのない甲第五号証の一、二、反訴原告本人尋問の結果(第一回)及びこれにより真正な成立が認められる乙第一一号証によれば、本件事故により被害車の塗装がはげたこと、反訴原告は塗装のはげた部分だけを塗装し直して、その修理費として八万二〇〇〇円を支払つたことが認められる。
反訴原告本人尋問の結果(第一回)及びこれにより真正な成立が認められる乙第一〇号証によれば、株式会社ヤナセ大阪支店は被害車の修理費を五〇万五〇九〇円と見積もつたことが認められるが、これには本件事故と関係のない部分の修理費が含まれていることなどから、本件事故による損害とは認められない。
(二) 代車料 一万円
前掲甲第五号証の一、二によれば、被害車の修理期間は三日であることが認められ、修理費の見積もりや被害車の移動に要する期間等を考慮しても、被害車の代車を要する期間は約一週間とみるのが相当であるところ、反訴原告本人尋問の結果(第一回)及びこれにより真正な成立が認められる乙第一五号証、第一六号証の一ないし七八によれば、反訴原告は昭和六一年四月一日から同年七月三一日までの四か月間の代車料(タクシー代)として一七万二七一〇円を支出したことが認められるから、本件事故と相当因果関係のある代車料は約一万円とみるのが相当である。
6 損害額合計 一〇九万三八七〇円
(一) 人損 一〇〇万一八七〇円
前記2ないし4の損害額の合計は二〇〇万三七四〇円であるところ、前記認定のとおり本件事故と相当因果関係のある人損はその五割の一〇〇万一八七〇円となる。
(二) 物損 九万二〇〇〇円
四 過失相殺
前記二の3で認定した事実によれば、本件事故の発生については反訴原告にも、先行車に追従して少し右に寄りながら停止する際右側方の安全を十分に確認しなかつた過失が認められるところ、前記認定の反訴被告吉村の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として反訴原告の前記損害額合計からその一割を減ずるのが相当と認められる。
そうすると、反訴原告の損害額は九八万四四八三円となる。
五 弁護士費用
本件事故の内容、審理経過、認容額等に照らすと、反訴原告が反訴被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、一〇万円とするのが相当であると認められる。
六 結論
よつて、反訴被告らは各自、反訴原告に対し、一〇八万四四八三円及び内弁護士費用を除く九八万四四八三円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六一年三月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、反訴原告の請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 細井正弘)